日本にいたときの日記を見ると、だいたいにして、
゛練習をした日゛ にまるがついているという、
音大生らしからぬ、とんでもない生活でした。
現在、ピアニストと言われる人たちは、ほとんどの場合、
小さい時に特訓を受け、苦労を味わうものだろうと思うの
ですが、つるちゃんの場合、これが皆無でした。
まず、゛できない゛と思ったことがなかったんです。
だから練習しない。
つるちゃんの日本でのピアノの先生はみんな、
女神のような人たちだったので、
つるちゃんができないくらいのことは要求しませんでした。
それがドイツに来て一転、ドイツ中の音楽大学の中でも
とりわけ厳しいとされていた先生に、つるちゃん、
そうとは知らず、ひっかかってしまったようです。
顔がつるちゃんパパに似ていたので、つい、
ヨロヨロとついて行ったのかも。
その先生は、厳しいといっても、暴言を吐いたり、
ビシバシ叩いたりするようなことは
しません。
どんどん課題が出て、それが雪だるまのように
増えていき、溺れるのです。
借金地獄、ならぬ、
音符地獄。
あわわわわ〜〜〜〜
それで、できないと批判されるのですが、それが実に
的を得ていて、冷静にチクリと、しかし、それはそれは
深く心に突き刺さって抜けないのですね。
静かに言うもんだから反発が簡単にできない。
で、家に帰って課題をやってみるんだけど、ホラ、
やはり小さいころ怠けた甲斐あって(??)基礎というものが
全然なっていないので、何がなんだかわかりません。
グリコです。
(あのグリコのマークを思い出してみよう。)
時間はどんどん過ぎていくし、つるちゃん、まるで
ハツカネズミが、かごの中でグルグル回っているみたい
になって、しまいにパニクってばかりいました。
…で、来る日も来る日もそんな状態でしたが、あるとき
パッと光が差すような、
抜け道が見えたんですね。
おぉ〜っ、
これが、゛練習゛ってものなのか!
そこで初めてわかったのです。
わかるとそのプロセスがたまらなくおもしろくなります。
それ以来、つるちゃんは一転して『練習の虫』になりました。
今風にいえば、
゛新生つるちゃん゛というところでしょう。
ホント、人間って変わるものです。
つるちゃんは、みんなと人生の進む道が、
逆なのかもしれません。
みんなが遊ぶ頃になって、
ようやく血相変えて勉強し始めるんだから。
世の中には、
゛ピアニストになるには、
15、6才で専門的に完璧でなければならない。゛
と唱える人が大勢いるので、そういう人には、つるちゃん
のような歩み方、目が点だと思います。
この分だと、つるちゃん、老後は毎日、
『音階練習』
に明け暮れることでしょう。
騒音公害。アハハ。